校長先生の小窓を開けると

第14回 校長の思い出動物館 ゴリラ、後編

ゴリラ、後編
後編では、「ゴンタ」と世界の飼育下ゴリラ事情についてお話します。

1.もう一人のゴリラ、「ゴンタ」と「メリー」

ゴリラ国内血統登録書から関係部分を抜粋したもの
国内番号 名前 所有者 移動日
0056 ゴン♂ (川原鳥獣商) 1974.6.14.
札幌市円山動物園 1974.6.15. (2009.11.01.死亡)
0057 メリー♀ (川原鳥獣商) 1974.10.23.(旧1974.6.14)
札幌市円山動物園 1974.10.24. (1996.5.12.死亡)
0062 ゴンタ♂ (川原鳥獣商) 1974.10.25.
おびひろ動物園 1975.3.13.
旭山動物園 1977.10.18. (1994.7.19.死亡)

1974年6月14日、オスの「ゴン」と共にメスの「メリー」も円山動物園にやって来ました。
しばらく飼育して落ち着いたころ、札幌市長や命名者となった小学生らが出席して、命名式が開催されました。
ところが、命名式直後に、ナント、2頭ともオスの性器がついていることが分かりました。
そしてそのことが市議会で取り上げられ、当時の園長は平謝りでした。 冷や汗一杯で、今後「おさわり」でオス・メスの確認をすると回答したとのことでした。
オス・オスでは繁殖は望めないため、「交換」することになりましたが、そう簡単に代わりのゴリラは見つかりません。
やっとその年の10月23日になり、本物のメスゴリラの「メリー」が到着し、無事交換が終わりました。
川原は、そのオスを東京へ持ち帰り、飼育場で数か月間飼育し、翌春3月に同じ北海道のおびひろ動物園へ納め、更にその2年半後には、 帯広から旭川市の旭山動物園へ移動となり「ゴンタ」と命名されました。
更に話は続きます。約20年後、ゴンタは北海道に多い寄生虫、エキノコックスによる感染症で、1994年に死亡してしまいました。当時、 ゴリラのキツネに由来するエキノコックス症による死亡は、センセーショナルな大きな話題となりました。結局、旭山動物園は、 死因がエキノコックス症と病理診断が下された3日後、1994年8月27日より途中閉園することとなった程でした。
以下にその記事を紹介します。

(写真1)読売新聞の閉園記事

(写真2)手書きのお知らせ(同園HPから)

(写真3)命名式の様子(↓が当時の札幌市長、丸いプレートにゴンとメリーの名が見える)

写真4)エキノコックス症で死亡した「ゴンタ」の剥製標本
(旭山動物園資料館で現在も展示されていますが、その死因は説明されていません)

2.オス・メス判定の難しさ

動物園では、特にサル類の新生児の性別判定は難しく、時々間違えることがあります。
どうしてそんな簡単な事がと思われるでしょうが、実は意外と難しいのです。
その理由は、例えば、 ゴリラの繁殖は当時(1974年)までにわずか3頭です。
そのため、飼育員が希少種の新生児を見る経験がほとんどないこと。 更に、新生児の場合は、人のように性器の外観の差が明瞭でないことが多いためです。
この間違いがあった円山の場合は、担当者は初めてゴリラに接したこと。
子供であったため納めた川原もおそらく分かっていなく、現地の情報をそのまま信じていたからなのではないかと思います。
現在では、判定が困難な場合は、染色体検査を実施しているところもあります。

3.飼育下飼育状況

世界と日本の動物園での、飼育状況の増減は、次の通りです。

表3 飼育下ゴリラ頭数
西暦 国内 世界
1990 49
1992 498
1997 760
1998 38
2006 849
2007 29
2015 857
2017 21頭 878頭

このように、1990年代と約30年後の2017年を比較すると、国内では半減以下、世界ではほぼ倍増しています。

どうして、その違いの原因は?
上表のとおり、世界の動物園での飼育頭数は増加しているのに、どうして日本は減少しているのでしょうか。次のような理由が考えられました。

  1. ほとんどの動物園で、オス1、メス1の1~2頭飼育であった。
  2. 子供の頃から一緒で、兄弟のように飼育されていた。
  3. 子供の頃に捕獲され、母親から取り上げられていた。
  4. 野生では、シルバーバックという雄ゴリラを中心に複数メスとの群れ生活をしている。
  5. 子供たちは、群れ生活の中から必要な社会学習をしているが、それができていない。
  6. 飼育下の雄ゴリラの中に、精巣の造精機能低下個体がいることが分かった。
  7. 飼育下での、運動、栄養、長期心理ストレスなどの影響で、繁殖行動低下の危惧が。
  8. その他

4.国内繁殖一覧

表2 国内繁殖個体一覧
出生年 個体名 性別出生園 父母 備考
1970 マック ♂京都市動 ジミー/ペペ 死亡(1997、国内初繁殖)
1971 フジオ ♂栗林公園 リッキー/リンコ 死亡(1987,国内初母親保育)
1973 ジロー ♂栗林公園 リッキー/リンコ 死亡(1973,哺育不全)
1977 ローラ ♀別府ラ ゴンタ/リラコ (上野飼育中)
1982 京太郎 ♂京都市動 マック/ヒロミ (国内初飼育3代目)
1986 元気 ♀京都市動 マック/ヒロミ (京都市動飼育中)
1998 なし ♂東山動 ゴンタ/オキ 死亡(1998,出産直後)
2000 モモタロウ ♂上野動 ビジュ/モモコ (千葉飼育中)
2003 アイ ♀東山動 リッキー/ネネ (東山飼育中)
2009 コモモ ♀上野動 ハオコ/モモコ (上野飼育中)
2011 ゲンタロウ ♂京都市動 モモタロウ/ゲンキ (京都飼育中)
2012 なし ♂東山動 シャバーニ/アイ 死亡(2012,出産直後)
2012 キヨマサ ♂東山動 シャバーニ/ネネ (東山飼育中)
2013 モモカ ♀上野動 ハオコ/モモコ (上野飼育中)
2013 アニー ♂東山動 シャバーニ/アイ (東山飼育中)
2016 なし ♂上野動 ハオコ/モモコ 死亡(出産直後)
2017 リキ ♂上野動 ハオコ/モモコ (上野飼育中)
2018 未定 ♂京都市動 モモタロウ/ゲンキ (京都飼育中)
年代別 これまでの繁殖総数
1970年代 4頭 京都 5頭
1980年代 2頭 東山 5頭
1990年代 1頭 上野 5頭
2000年代 3頭 その他3頭
2010年代 8頭
計 18頭(現存12頭、死亡6頭) 計18頭

この表から、日本ではこれまでに18頭が繁殖に成功しています。特に、最近の2010年代には8頭も繁殖しています。
京都、上野、東山の3つの動物園のペアから、全て生まれています。このことから、各ペアが繁殖に適した年齢になり、また、飼育場の環境が改善され繁殖に適した飼育場となっていることなどの理由が考えられます。
最近、世界の動物園の一部では繁殖制限をしているようですが、日本ではやっと繁殖が続いています。ただし、3動物園の数頭間での繁殖のため、近親となりやすく、さらなる対策が必要になってくるものと思われます。

まとめ

前回と今回で、飼育下のゴリラの状況を説明しました。世界と日本の差が、あまりにも目立ちます。
その根本的な原因は、ゴリラの繁殖についての知識や知見が少なく、ただ、オス・メスを一緒に飼育することでそのうち繁殖もあるだろうと、安易に考えていたものと思います。もっともゴリラに限らず、飼育動物の野生状況を調査したことのある動物園の飼育担当者は、現在でも、ほぼ皆無です。
そもそも、野生のゴリラの現地調査・研究は、日本では、京都大学学長の山際壽一氏が1978年にコンゴで。女性ゴリラ学者として有名なD.フオッシーが1980年にルワンダで始めたものです。 従って、円山の飼育開始が1974年ですから、野生の生態が分からなくて当たり前だったのかもしれません。
現在、欧米の繁殖が順調で繁殖制限の兆しがある理由は、日本よりも10年前後早くゴリラを集約し、複数飼育を始めたからです。上野動物園の「ゴリラの住む森」の完成は1996年です。あと10年早く完成していたら今とは違っていたかもしれないと思うと、とても残念な気持ちです。

第14回 おわり