2015年度

第2回 【後編】ヒトのおり

前回は、各地の動物園の「ヒトのおり」について紹介しました。変わっているけれど面白い展示方法だと、興味を持たれた方も多いのではないかと思います。
実は、動物園人として生きてきて「動物展示の原点は?」という疑問が、長い間気になっていました。そこで「ヒトのおり」について一度触れておきたかったのです。
その背景には、ヒトの最も関心を惹くものは「ヒトなのか、それとも動物なのか?」と、改めて考えさせられる問題が隠されているからです。
今回は、その原点を中心に少し書いてみようと思います。

◆ブロンクス動物園(ニューヨーク)

まずアメリカの動物園の例を紹介しようと思います。ニューヨークにあるブロンクス動物園。現在は撤去されていますが「ヒトのおり」の話題になると、必ず出てくるところです。おそらく、この「ヒトのおり」の考え方の元祖といえる動物園かもしれません。
実は、日本動物園水族館協会(日動水)勤務時代に数回この動物園を訪れ、何とか実物を見たいものだと訪問の度に園内を探しました。しかし、残念ながら辿り着けませんでした。
撤去されていたのです。その理由は後で述べることにして、皆さんには、ネットで検索した以下のような記事を紹介したいと思います。

 

New York Magazine 1970年9月7日から

この記事を要約すると、次の通りです。
「ブロンクス動物園の大型類人猿舎に「鏡の間」という展示があり、その前に立つと当人の姿が鉄柵越しの鏡に映ります。
そして、その下の解説板には「THE MOST DANGEROUS ANIMAL IN THE WORLD」と書いてある。」

世界で最も危険な動物が「鏡に映ったヒト」。続けて鏡の下には、「この動物は、24時間ごとに19万頭の割合で増えている。しかも他の動物を絶滅させたことのある唯一の動物。今では地上の動物の全てを絶滅させてしまう力を手に入れた」1963年に当時の園長のW.コンウィン博士によって設置され、この警告文も博士の言葉とのこと。

では、どのようなものであったのでしょうか? 現在は撤去され存在しないので想像するしかないのですが、おそらく、下記写真(現多摩動物公園オランウータン舎)のように、覗くと中に設置されている鏡に自分の顔(体)が映り、その下には、「THE MOST DANGEROUS ANIMAL IN THE WORLD」以下の文章が書かれているようなものだと思います。

どうして撤去されてしまったのだろうと考えると、その理由は、あまりにもあたっているから・・・。
「動物園の中で、ヒトはどの動物よりも危険な動物で傲慢な生き物ある」。
初めは面白くとも、時と共に愉快ではなくなり、やがて展示そのものも面白くなくなってきた・・・。
皆さんはどう思われますか?

◆人間が展示されていた時期

少し深刻でやや恐ろしい話題になりますが、本題のヒトの最も関心を惹くものは「ヒトなのか、それとも動物なのか?」ということについて紹介したいと思います。
この事実を知っている方、それほど多くはないかもしれません。そして知らなくても済めばそれで済む話題かもしれません。
しかし、動物園や水族館に興味のある人なら、是非知っておいていただきたいと思うことです。

オタ・ベンガ ブロンクス動物園1906年
ベンガの広告写真は5枚しか現存せず、サル舎での写真はない。

「オタ・ベンガ」アフリカのピグミー
年齢:23歳
身長:4フィート11インチ(125cm)
体重:103ポンド(46kg)
カサイ川,コンゴ自由国、南中央のアフリカから、サミュエルP.ベルネル博士によって持って来られた。9月中、霊長類舎の外側に午後から展示。

昔といっても、さほど古い時代のことではありません。今からおよそ110年前の1906年(明治39年)のことです。
ブロンクス動物園では、アフリカ中央部の森に暮らすピグミーの男性が、類人猿とともに展示されていました。当時のアメリカは世界の先進国でしたが、遠い暗黒の大陸アフリカのジャングルからチンパンジーと共にやってきた身長100センチ足らずの小さな人は、きっと珍しい存在であったと思われます。
写真は子供のチンパンジーを抱いていますが、彼はその後、精神的な問題などで結局短命に終わりました。
ほんの100年前に、このように動物園や万国博覧会などにおいて、主にアフリカの人たちを見世物として展示していました。もちろん、現在の私たちから考えると、あまりにもひどい人権無視、倫理的にも大問題です。しかし現実は、そうでした。
そしてもう一例。これはヨーロッパでの話ですが、18世紀には近代動物園の始まりとして有名なウィーンのシェルプルン宮殿で、貴族の趣味の一環として私的な動物施設が存在していました。しかし一方で、同じ時代、精神病院が開放された有料の施設でした。中にいる人々を見ることが、そこを訪れる市民の娯楽の一つになっていたのです。

そう遠くない時代に、このような事実がありました。
そしてこれは「動物展示の原点は?」という疑問を考える時に、大きなヒントの一つになるのではないかと思います。
興味のある方は、ウィキペディアで「人間動物園」などを調べてみてください。

さて、最後に「動物園の歴史」に少しだけふれておきます。
動物展示というのは、動物園の起源と同じです。
紀元前からすでに動物園は存在していました。その多くは王侯貴族の娯楽や権力誇示のためです。
そして、狩りがいつでもできるようにと動物を飼育しておいた所です。
近代動物園のはじまりは、1765年、ウィーンのシェルブルン動物園の市民公開から始まったといわれています。
できた背景には、キリスト教の存在が大きかったようです。教えにもとづき、万物の創造主である神の作品(動物)を集め目録化する。そしてこれは、神の英知に近づくことで、信仰のあかしである・・・と。ノアの方舟に収容した動物を集めるのは神の意志に沿うことだと考えたのです。
そういった、キリスト教や博物学のもと動物園は始まりました。
そしてそれから数百年。今も動物の展示方法の模索は続き、動物園人たちの「動物展示の原点は?」という疑問が続いています。
皆さんも、動物園の檻の前に立ったら、一度そんなことを考えてみてください。

◆おまけ:校長先生のお気に入り写真

ウォンバット

タスマニアデビル

ベネットアカクビワラビー

第2回 おわり