校長先生の小窓を開けると

第9回 卒業生に聞いてみました 東京都多摩動物公園 永田さん

東京都多摩動物公園 永田 典子さん(東京動植物専門学院卒業生)
1987年(昭和62年)4月入学、1989年(昭和64年)3月卒業


北 村
お久しぶりです。いきなりですが、永田さんはわが校では伝説の人??になっています。

永 田
えっ、どうしてですか?

北 村
それは、わが校の初の卒業生で、しかも、卒業以来ずっと都の動物園で活躍しているからです。
そこで今回は、あこがれの都立動物園の飼育員を目指している高校生やその保護者の方に、飼育現場の仕事の様子などを知ってもらいたいと思い、聞きにやってきました。ではさっそく質問です。現在の担当動物は?

永 田
現在は、コアラと、2016年6月に公開されたタスマニアデビルを担当しています、
2頭のデビルは、都立動物園での初の飼育になるんですよ。
他には、パルマワラビー、シマオイワラビーなども担当しています。

北 村
国内では、久しぶりのデビル飼育だと思いますが、多摩動物公園でのきっかけと目的は何ですか?

永 田
タスマニアデビルは、かつてはオーストラリア本土にもいました。しかし、現在はタスマニア島にのみ野生個体群が生息しています。減った理由というのは、デビル顔面腫瘍病(噛んだりすることで直接癌腫瘍が感染し口の周りにできる腫瘍が大きくなって餌が食べられなくなる病気)が続き、そのためレッドリストの絶滅危惧種になってしまいました。そこで、オーストラリア政府とタスマニア州政府が中心となり、タスマニアデビル保全プログラム(SAVE THE TASMANIAN DEVIL PROGRAM[STDP])を立ち上げ、その一環として「タスマニアデビル大使プログラム」を開始しました。どのような内容かというと、デビルをオーストラリア以外の動物園でも飼育展示することで、タスマニアデビルとデビルの置かれている現状を知ってもらおうという教育普及的な役割のプログラムです。今回、多摩動物公園がこのブロググラムに参画し、2頭の飼育を昨年から開始したところです。

(写真1)SAVE THE TASMANIAN DEVIL PROGRAM

(写真2)多摩動物公園のタスマニアデビル

注: SAVE THE TASMANIAN DEVIL PROGRAM [STDP]とは
セイブ・ザ・タスマニアデビル・プログラムとは、デビルの絶滅を食い止めるためのプログラム。その目的は、永続的にデビル野生個体群を維持すること。飼育下繁殖や野生デビルの管理・研究、更には飼育下繁殖個体の野生への導入などの諸活動を組み合わせて行っています。飼育施設は多摩動物公園のような動物園、またマライア島などの島、隔離された半島など幅広く存在しています。今回多摩動物公園にやってきたデビルは、本プログラムのアンバサダー・プログラムの一部であり、また、アメリカ、ニュージーランド、ヨーロッパの諸動物園も同じように参画しています。
(今年6月のデービット・ペンバートン氏:セイブ・ザ・タスマニアデビル・プログラム プログラム管理者:の講演要旨より抜粋)

北 村
実は私自身も、以前、札幌の円山動物園勤務中にデビルを飼育し、繁殖賞をいただいた経験があります。

永 田
そうなんですか!大先輩ですね。今日はインタビューされるより、かえって逆に、いろいろ教えて欲しいことがたくさんあります。(笑)

北 村
いえいえ、質問を続けましょう。ところで、多摩動物公園に来たデビルは、タスマニアのトロワナ動物園のアンドリュー園長のところからの個体ですよね。永田さんもタスマニアへ研修に行かれたんですか?

永 田
はい。2度、タスマニアへ研修に行きました。

(写真3)トロワナでの研修中(デビルの保定。)

北 村
実は、私は昨年のデビル歓迎式典時に、アンドリューさんと久しぶりに再会したんです。
文字通りの「Long time no see.」でした。
これが、30年ほど前のアンドリュー副園長との写真です。

(写真4)アンドリューさんと私(1990年)

永 田
アラ!!若い。私が、アンドリュー園長と初めてお会いした時は髭が長くて、どこかの仙人のようでした。随分と、変わりましたね。(笑)

(写真5)多摩でのデビル歓迎会であいさつするアンドリュー園長(2016年)

北 村
では今度は、永田さんが学校卒業から現在の多摩動物公園勤務まで、どんな動物関係の仕事に就いてきたのかを教えてください。

永 田
はい。私は、1987年4月に24名(男12女12)第1回の新入生として入学し、2年後の1989年に卒業(22名)しました。その時は就職先が決まっていなかったのですが、まもなく埼玉県の狭山市立智光山動物園でアルバイトとして、2年間ほど働くことができました。園の有料化に伴うアルバイトの採用で、当時埼玉県に住んでいた私にその話が来たというわけです。
最初は主にチケット窓口業務ということでしたが、やがて副園長のはからいでホタルの飼育補助やふれあい広場の補助、ニホンザルの人工哺育などいろいろやらせてもらえるようになりました。
そして、1991(平成3)年に東京都の業務職の採用試験に合格し、多摩動物公園で4年、更に井の頭自然公園では16年、そして再び、今の多摩動物公園というわけです。

(写真6)入学式(1987年4月、真ん中右から3人目が永田さん、卒業アルバムから)

(写真7)北海道での酪農実習時(1987年9月、真ん中)

(写真8)学年対抗校内球技大会時(1988年、右端)

北 村
デビルやコアラの飼育について、少し教えてください。
まず、デビルですが苦労しているところはどんなことですか?

永 田
デビルは動物の死体を食べる「スカベンジャー」で、どんな肉も食べるという話だったのですが、実際には、日本の肉だとそういうわけにはいかず、選り好みをするんです。
そこで、日によって与える種類・量・与え方・与える時間などに変化を持たせ、飽きさせないようにするのが大変です。あとは、日本の高温多湿の気候になじめないようです。夏にはまったく動けなくなります。

(写真9)多摩動物公園のデビルの解説版

北 村
次にコアラですが、国内の動物園ではかなりの数が繁殖していますが、実は死亡数も多くて、結果的には少しずつ減少しているようですね。

永 田
大変残念なことなのですが、どうも繁殖上の問題で、オス・メスの相性が大きいようです。
最近は、オスは気が弱く、メスは気が強い個体が多くなっていて、ペアリングがうまくいかないことが多いんです。また、クリプトコッカス症やレトロウィルス由来の疾病を発症して死亡することも問題になっています。コアラは100%近くこれらの細菌やウィルスを保有しているので、これといった対策がないのが現状です。

北 村
ところで、私が住んでいるは練馬区の城北公園には、多摩動物公園の施設として数棟のユーカリ温室があるんです。

永 田
そうなんですか。お近くにお住みなんですね。そこで育ったユーカリは、コアラに人気があるんですよ。キットおいしいのだと思います。

北 村
ところで、永田さんは「都立動物園の女性飼育員」としては、初めての採用に近かったのではないですか?

永 田
そうですね。数人ですが、私の前にも女性はいました。しかし、私が採用された年は景気がよかったせいか、特に採用者が多かったようです。とはいえ、技能系(動物飼育)としての女性採用は初めてのようでした。当時の多摩動物公園の園長は、増井光子園長でした。女性初の園長ということで、マスコミにたくさん取り上げられていました。そのせいか、私も女性の飼育員ということで、新聞に「小さく」掲載されました。(笑)

北 村
ところで、東京動物専門学校のこの春の新入生(29期生)は153名で、内訳は女性113・男性40名でした。
そのため、学校の施設も少し変えたんですよ。夏休み中に、新館2階の男子トイレを女子トイレに改造したんです。

永 田
えっ、それほどですか!今は、入学者の半数以上が女性なんですね。
確かに東京の動物園も、女性が多くなってきています。昔はそれぞれの園に数人だけでした。
そこで、年に1度集まる「女性飼育の集い」というのがあった程なのですが、
珍しくなくなったんですね、もうなくなっています。

北 村
東京動物専門学校を選んだ理由を聞かせて下さい。どうして、わが校を選んだのですか?
永田さんが入学する当時は、学校はできたばかり。
ほとんど世の中には知られていなかった存在だと思うのですが。

永 田
私は、動物が好きだったからだと思います。実は、高3の時に、東京動物専門学校が開いている体験入学に参加しました。
ライオンの子供を抱っこさせてもらったり、ヤギの仔にミルクをあげたりとか、さまざまな動物との触れ合いをやらせてもらいました。期待以上というか、とても楽しい時間でした。
でも、動物園に就職するのは難しいということはわかっていたので、とりあえず在学中の2年間だけでも、学校で飼育している野生動物を近くで見られ・触れられる、そんな学校ならいいかなと思って選んだのです。

北 村
永田さんがわが校を卒業されて随分と時間経ちましたが、仕事の上で、学生時代の何が役に立っていると思われますか?

永 田
あまりに昔のことではっきりしないのですが(笑)・・・。個々の動物飼育の技術についは、仕事に就いてから覚えなければならないことなんですが、学校で学んだ清掃や調餌、ロープワーク、動物の捕獲とかは、即、役に立ちましたね。あとは、実習場で様々な種類の動物を見られたことは、その後の仕事に大きかったのではないかと思っています。

北 村
これまで多摩動物公園と井の頭自然公園に勤務された中で、相性の良かった動物は何ですか?
逆に相性がわるかった動物は?その場合は、どのようにしましたか(笑)?

永 田
これまで、大きな哺乳類はヒグマ、小さいものはネズミ類、鳥類では大型のツルから小さな和鳥、ふれあいではモルモット、日本産の動物、海外の希少種・・といろいろ担当してきました。
代番まで合わせると、相当な種類数になると思います。毎回わからないことだらけで、一から調べてどんな動物かということの自分にインプットをしなければなりません。
入ったばかりの頃でしたが、上司に「ツルは苦手!」だと言ったんです。そしたら、逆にその担当になったこともありました。担当になったら、自分がその個体について一番知っていなければいけない存在にならないと、その動物は扱えないという教えでした。
辛い時もありましたが、頭を切り替えて慣れるしかなかったと思います。

北 村
本校の学生が、研修や実習でお世話になっています。
そこで、最近の学生気質どのように感じられていますか?
厳しい言葉でも結構です(笑)。

永 田
いろいろなタイプの実習生がやってきます。でも一般的には、自分の興味のある動物や事例については熱心に聞いてきますが、興味のないものについては全く関心を示さないというように、
二つに分かれることが多いように思います。沢山の動物のいる多摩動物公園で実習するのですから、全ての動物が面白く、興味あふれるものだと思うのですが・・・、最近の若者は淡白なのでしょうか。
実習生を受けるこちらとしては「(作業が)終わりました、次は何をしますか?」とか積極的に声を出して行動する人のほうが「お、やる気があるな」と感じます。難しい事を話そうとしなくていいんです。せっかくの機会ですから、やる気がないと思われるのはもったいないですね。

北 村
最後になりますが、動物飼育を長くやられている永田さんから、本校で学ぶ後輩に一言アドバイスをお願いします。

永 田
まずこの仕事は、体が資本なので体力を維持すること。そしてチームで仕事をするので、人とのコミュニケーションを上手にとれることは重要です。それに、他の人の担当動物にも興味を持つことも大事です。話を聞いておくと、後々それがヒントになることがあります。うちの職場は年齢性別問わず、よく情報交換のおしゃべりをしています。
なんにでも、好奇心旺盛なほうがいいですね。自分の好きな動物だけに限らず、虫や植物を含む生物全般に、興味を持つのがいいと思います。
植物だってその一つです。特に、草食獣や類人猿の飼育係の人々は、エサとなる樹木や雑草をよく勉強し、知っています。多摩動物公園は沢山の樹木に囲まれていますから、その中の木の枝を切り、葉を与えています。エンリッチメントの一環ですね。
また昆虫園や爬虫類を担当することもあります。担当場所は自分では選べませんから、何にでも興味を持てることは大切だと思います。
あと、出来たら・・・英語。今はネットで検索すると簡単に最新の海外の動物情報を得られる時代になりました。ですから、海外の動物の飼育担当になったときには、その情報は世界中から得られます。ですから、上手に話せなくとも、せめて英文を読めたらいいなぁと。まさに今、痛感しています(笑)。
みんな頑張ってね。

(写真10)永田さんと私

(写真11)サマーナイトのリーフレット(2017年)

(写真12)ショップで人気のデビルのクッキー

第9回 おわり